個人内変動について(高齢者の場合)
筆跡にはその人らしさが出ます。
でも人は機械ではありませんから、
その時によって印鑑や印刷のように寸分たがわず同じ形にはなりません。
その人らしさを残しつつ若干変動します。
その同一人物が書く文字の変動の幅を「個人内変動」と言います。
文字にその人らしさを残しながらいくぶん変動するのです。
その変動の幅は、人それぞれ。大きい人もいればほとんど変化しない人もいるのです。
筆跡鑑定において「個人内変動」の扱いは非常に重要です。
筆跡鑑定は、おもに遺言状や借用書のサイン、
誹謗中傷文書などの書き手を特定するもので、
個人内変動の見極めこそが筆跡鑑定の要となっています。
個人内変動は、筆記具や記載するスペース、健康状態、精神状態などの違いからも生まれますが、
書き手の性格、気質、書く手の動きの癖から外れる変化にはなりません。
個人内変動の見極め方は、資料から同じ文字をできるだけ多く取り出し、
書き手の持つ筆跡特徴を発見した上で、
すべての文字を比較検証しどこからどこまでが個人内変動かを判断します。
コンピューターなどの機器は、検証するための便利なツールではありますが、
最終的な判断は鑑定人の経験値によるものと考えます。
今回は、91歳の弥江さん(仮名)の文字で検証してみます。
弥江さんは、昭和2年生まれの御年91歳で、2013年から文字サンプルの収集にご協力いただいています。
明朗闊達、才気煥発で、自分で歩き、頭のほうも非常にしっかりされています。
弥江さんの文字ですが、
個人内変動はやや大きいタイプで、基本的に「へんとつくり」の間隔が狭い特徴があります。
鑑定人は、たとえば「福」字の第5画の始筆位置に注目します。
第2画の折れ曲がる位置の延長上に、第5画の始筆部が来るのが、弥江さんの筆跡個性ととらえます。
このような箇所は、無意識に書かれるため、
いつもほぼ同じ位置から書かれることが多いのです。
しかし、弥江さんの文字は、年を取るにつれて、「へんとつくり」の間の空間が狭くなっていき、
この始筆位置が「へん」に潜り込んでしまっています。
これをどうとらえたらよいのでしょうか。
まず、へんとつくりの大きさのバランスを見てみます。
どちらかが大きくなったり小さくなったりしているかどうかを確認します。
まず、大きさに関して変化はないようです。
次に考えるのは、腕の動かし方です。
加齢によって筋肉がこわばり、横方向の動きが阻害されていると考えられます。
ですから、頭の中では、いつものように書きたいのだけれど、
横方向の腕の動きがスムーズにいかないために動きが小さくなった結果、
このような形状になったのだと考えられます。
同じ理由でに、「口」「田」部分の横幅も狭くなっています。
このような変化をコンピューターで重ね合わせてみても、
ズレが大きくとても同一人の筆跡には見えません。
コンピューターは「別人」と判断するでしょう。
しかし、この筆跡は同一人のものです。
当研究所は、このような人によって異なる「個人内変動」を日々研究し、
質の高い鑑定を目指しております。