成功本で成功できる人は一握りであることについて(了)

日本人の根底にある思想は「和を尊び、足るを知る」

リサイクルやエコが叫ばれていますが、日本の江戸時代は究極のリサイクル国家でした

昔は今と違って豊富にものがありませんから、使っている何かが壊れたりしたときは、

捨てて新しいものを買う、という発想はありません。ひたすら「修理して」大切に使うのです

鍋窯、包丁、下駄や草履などは、壊れたからといって現在の様に簡単に捨てることはありません

それぞれの分野には職人がいて修理して大切に長く使うのです。庶民は綿製品を着ていましたが、

新しいものを身に着けるのではなく、古着屋で調達するのが一般的でした

着られなくなったときは、子供用に作り直し、最後はおしめや雑巾として使い切ります

主食のコメも、もみ殻は枕の中身に、わらは、わらじやむしろに、

ぬかは石鹸や漬物に、とぎ汁まで植物のあく抜きとして使います

さらに、人糞は畑の肥料として、全てを利用しています

結果的にごみを出さない暮らしをしていました

そして、便利になった現在でもそれらは暮らしの知恵として今も私たちに語り伝えられています

このように「ものを大切にして最後まで使い切る」日常を多くの日本人は是としてきました

消費に喜びを覚える体質ではない人が多数派ではないでしょうか

 

いわゆる「成功本」の根底の思想は、欧米文化の価値観に基づいた競争原理を追及したものであり

消費礼賛の背骨が通っています。和を尊び、自分たちの生活を少しでも豊かにするため、

究極のエコ、リサイクルを編み出した私たち日本人の生活様式とは異なる発想です

一番最初でも触れていますが、欧米式の成功とは勝者になるため、

つまり物質的豊かさや権力、名声を得るためのノウハウです

そして勝者がいれば当然敗者がいます。勝ち組、負け組を作る思想は、

和を乱し、恨みの念を作ってしまいかねないため、

日本人である私達の心の奥底には相容れない違和感が生まれてしまうのではないでしょうか

物質的成功を目指すことは価値観の問題であり良し悪しの問題ではありませんが、

わが国の価値観はよその国と比較するとかなり異質であるというルース・ベネディクトの素直な驚きを受け止めることは、

理屈ではない自分の本質、民族性の本質を見つめることにつながると思うのです

独自の価値観にはぐくまれた日本的精神とは、物質面よりも精神面を重んじ、

分をわきまえ、足るを知り、和を保ち、恥を知り、移り変わりの中に美を見出すことです

日本人を貫く文化、教育、歴史の流れは、

知らず知らずのうちに日本的精神という共通項を日本人のDNAに組み込んでいるのです

つまり、われわれ日本人の価値観とかけ離れた欧米式価値観が土台になっている成功本は、

ノウハウを身に着ける前に、その価値観を受け入れる段階で、

潜在意識はブレーキをかけてしまっているのではないか、そんな風に思うのです

いい車に乗って、いい家に住んで、いい服を着て自分は勝ち組との思いに浸る

…そのような消費礼賛的な生活スタイルは、一見成功者のステイタスといえるでしょう

そして、それがしっくりくる人たちもいるでしょう

しかし、多くの日本人は心のどこかで、欧米式の成功本の価値観よりも、

自分たちに組み込まれている日本的精神の影響を受けています

頭では、勝ち組になりたいと思っていても、潜在意識のどこかで、負けた人に恨まれる、

和を乱したくない、成金と後ろ指をさされたくない、このような思いがどこかにあると、

欧米式成功への道を自分で閉ざしてしまうことになるでしょう

このような理由で、自分の根本に流れている日本人の精神性ともいえる価値観に気付かなければ、

いくらマーフィーなどの「成功本」を読んで成功したいと思っても前に進めない事態に陥るのではないか、と思うのです(了)